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●最近話題の天文話 2018年9月

○国際リニアコライダー(International Linear Collider)の日本招致

 この8月、東京でILC推進国際シンポジウムが開催された。
招聘された米国の2人のノーベル賞受賞者による講演や記者会見が行われ、
日本へのILC建設への期待が表明されたというニュースが報じられた。
今の米国の状況ではILCのような国際プロジェクトはとても進められないということも
その背景にあるのだろう
  ILCとは、国際協力のもと計画が進められつつある超大型の衝突型線形加速器のことである。
光速ほどに加速した電子と陽電子(反粒子)を正面衝突させ、
そこに発生する超高エネルギー状態を観測することで、物質の根源や宇宙の成り立ちを解明しようというもの。
最先端の素粒子研究や宇宙論の検証には欠かすことのできない道具と言えるだろう。
ただ、このILCの建設には1兆円(当初の計画:ILC全長30キロ)を超す膨大な経費が必要で、
幾分修正が加えられた計画の可否について現在、日本学術会議の検討委員会で審議が進められている。
審議では、科学は物理学だけではない、他分野の研究を圧迫しかねないとか、
膨大な経費などから国民の理解が得られるのかというようなやや否定的な見解から、
建設に伴う技術革新や経済効果、日本の地位向上などもはかれるといった意見などさまざま。
  今回は、なぜILCなのかいう観点からプロジェクトについて見ていくことにしよう。

○プロジェクト概要
  ILCプロジェクトの詳細については高エネルギー加速器研究機構ILC準備室のWebページに詳しい。
その概要は同ページによれば以下のようである。
1.ILCの目的  宇宙誕生から1兆分の1秒後(10の−12秒)の宇宙の再現。
         宇宙初期に迫る高エネルギーの状態を作り出すことで
         宇宙創成の謎、時間と空間の謎、質量の謎に迫る
2.施設規模  加速器全長約20km 200ギガ電子ボルトの衝突エネルギー(当初計画:全長31km 500Gev)
3.建設場所  最有力候補地 岩手、宮城両県にまたがる北上山地
4.建設費用  8000億円(当初計画:1兆円以上)
以上、高エネルギー加速器研究機構ILC準備室のWebページから
ILCの建設によって期待される科学的成果については同ページ ILCでわかること に詳しい。
もっとに知りたければ、そちらを参照するのがよい。 

○粒子加速器
  粒子加速器と言われてもあまり馴染みがないだろう。
だが、実はわたしたちは同様の道具をごく日常的に見ていた。それは旧型のTV。
ブラウン管式TVが映る仕組みは〜フィラメントを熱して電子を発生→
高電圧をかけで電子ビームを打ち出す→ビームが蛍光塗料に衝突→画面が光る〜というようになっていた。
加速器の仕組みはこれと同じで、電子や陽子などに高電圧をかけて光速近くまで加速し、
それをターゲットとなる粒子に衝突させるというもの。
それにより、ターゲットの微細構造やそこでどんなことが起こっているのかを探る、
言わば原子の世界を見る顕微鏡のような道具と言える。
  たとえば、今わたしたちは、原子の中心にある陽子は単一粒子ではなく、
クオークという根源的な素粒子からなる複合粒子だということを知っているが、
これは始めから分かっていたわけではない。
加速器実験で陽子に電子などを衝突させたとき、ときに大角度で散乱することから、
陽子の中には何らかの硬い芯のようなものがあると考えられ、
それらがもととなって、やがてクオークの発見につながることになったという。
  また加速器による衝突実験では、衝突により、
弾丸として使ったそして標的になった粒子以外の膨大な粒子が発生するものがある。
これは深部非弾性散乱と言われ、衝突のエネルギーから新たな粒子が作り出されたもので、
エネルギーと質量は等価としたアインシュタインの相対論そのものの現れと言える。
これによりこれまで様々な新粒子が発見されてきた。
(〜CERNの超大型衝突型加速器LHCでのヒッグス粒子の発見は記憶に新しい。)

○加速器の種類
  弾丸として使う粒子によって、陽子陽子型、電子陽電子型など様々あるが、
加速器の形状からは大きく円形加速器と線形加速器とに分けることができる。
上記したCERNのLHCは円形加速器、今回のILCは線形加速器である。
線形加速器は電磁コイルを直線的に配置し加速していくタイプで、加速器の長さで衝突エネルギーが決まる。
円形加速器は電磁コイルを円周状に配置、円周にそって何度も回転させ衝突エネルギーを上げることができる。
ただしエネルギーを上げればその分、弾丸粒子が曲がりにくくなるため円の直径を大きくする必要があり、
また弾丸となる粒子が方向を曲げる時に放射光が発生、それがエネルギーを奪うのでロスも大きくなる。

○極微の世界と極大をつなぐ加速器
  ここで、やっと上記ILCの目的の話となる。
知っての通り、わたしたちの宇宙は今から138億年前のビッグバンから始まった。
生まれたばかりの宇宙は原子よりはるかに小さく(10-34乗cmもの極微の大きさ)、
誕生直後から指数関数的に急激な膨張をはじめ(インフレーション宇宙論)、
このとき発生した膨大なエネルギーで宇宙は超高温・超高密度の火の玉となった。
この時代の宇宙には、今の世界を形作っているモノは全く無く、膨張し温度が下がる中で
さまざまな力、素粒子などが分離生成されるようになったと考えられている。
〜素粒子の標準理論から書き写してくると
第1の相転移 宇宙誕生から10-44秒後、温度(エネルギー)10の19乗Gevのときに重力が生まれる
第2の相転移       10-39秒後、温度が10の18乗Gevのとき強い力(原子を結びつける力)が生まれる。
宇宙の急速膨張(インフレーション)
第3の相転移       10-11秒後、温度が10の02乗Gevのとき弱い力(粒子を他の粒子へ変える力)が生まれる。
              (結果、電磁気力が残りこれで4つの力が全部そろったことになる)
第4?の相転移      10-04秒後、バラバラだったクオークから陽子。中性子が作られる。
数字が小さすぎ&大きすぎで全く想像もできないが
要は、生まれたばかりの宇宙は極微の超高温高圧の火の玉で、瞬間瞬間に変質してそのたびに
今の世界を形作る材料(モノと自然の力)が一瞬(以下)で揃えられたということになる。
  さて、前記したILCの計画によれば、電子陽電子衝突で生まれるエネルギーは最高200Gev。
これは2×10の02乗Gevなのでこれを上記の標準理論に当てはめると宇宙誕生から10-12秒後。
エネルギーでは第3の相転移のあたり、この世界に働く4つの力がそろったときということになる。
この時代、もちろん元素はない(元素生成は宇宙誕生から3分)
元素を形作る陽子もない(陽子や中性子がクオークから作られるのは宇宙誕生から10-4秒ごろ)
ということで、ILCが実現できれば138億年前の宇宙の始まりの状態を観測できることになる。

○なぜ、ILCか
  衝突型加速器(コライダー)のもう一つの雄と言えるのCERNのLHCである。
こちらは電子ではなく陽子陽子衝突型円形加速器で、衝突エネルギーは最大14TevとILCよりも2桁も大きい。
これは陽子質量が、電子の1800倍と3桁も大きいことにもよる。
実現できる高エネルギー状態の数値から考えるとLHCで足りそうだが
前記したように陽子は複合粒子であり(UUD=アップクオーク2、ダウンクオーク1)
そのため膨大な反応がおこってしまい、言うならば肝心な現象はノイズの山に埋もれてしまう。
クオークなどについて詳しく調べるには適しているだろうがそれにしても膨大なデータの山となりそうだ。
他方ILCは電子陽電子衝突型線形加速器で、衝突エネルギーではLHCに負けるが、
電子が複合粒子でないため、また電子陽電子衝突で両粒子とも完全消滅、純粋なエネルギーだけとなり
そこからのスタートとなるはずなので、ノイズの少ないデータが得られると考えられる。
さらに円形加速器のように進路を曲げるという必要がないので放射光によるロスは少ない。
・・・などなどと以上、記してきたが、宇宙誕生やこの世界を形作るもののなぞに迫ることができる、
加速器という道具、とてもいいものに思えてくるのだが。