天文FAQ

天文トピックス

●最近話題の天文話 8月 

 

●アポロ月面着陸50周年

 1969年7月20日、人類が史上初めて月に降り立ってからちょうど半世紀。
アポロ11号月面着陸50周年ということで、
このところ多くのメディアで取り上げられ話題となっているが、
あのTV中継をリアルタイムで見た記憶があるのは、今や50代後半以上の世代。
月がどんな世界かは当時でもよく知られ未知への旅というわけではなかったが、
人類未踏の地へ降り立ったという高揚感は、あのボケたような中継映像からでも
十分に伝わってくる。
  ここであらためて月探査への道のりを振り返ってみると、
一連のアポロミッションは、時代背景も合わせ挑戦の連続だったと言えよう。
そしてまたあの時代だからこそ実現できたと言えるのかもしれない。
  8月盆休み。15日は満月である。南天低い空には明るく月が光っている。
のんびりと月でもながめつつ、アポロの足跡を辿ってみることにしよう。

 

〇米ソ宇宙開発競争
  アポロの月探査の話題で欠かせないのは米ソ2国間での激しい宇宙開発競争である。
当時冷戦下にあった両国は国家の威信をかけて宇宙に挑み、
まさに抜きつ抜かれつのデッドヒートを繰り広げていた。
その最たるものが、ケネディ(J.F.Kenedy)大統領が1962年9月に行った有名な演説
〜我々は月を目指す We choose go to the moon.〜の件(くだり)で、
前年61年5月の有人月探査計画予算を求める議会でも、
アメリカは60年代のうちに人を月に送り込み、無事帰還させると演説を行っている。
40代のこの若き大統領は、旧ソ連に大きく水を開けられていた宇宙開発競争に
月を目指すという明確な目標と期限とを定め挑むことを宣言。
それからわずか8年後には最初の人類が月に立ち、文字通り足跡を残すことになる。
以下、米ソ宇宙開発競争の主な流れを示す

1957年10月 世界初の人工衛星スプートニク1号の打ち上げ成功/旧ソ連
1957年11月 ライカ犬を乗せたスプートニク2号の打ち上げ成功/旧ソ連
1958年01月 人工衛星エクスプローラ1号の打ち上げ成功/米
1958年10月 NASA(アメリカ航空宇宙局)設立/米
1958年05月 大型人工衛星スプートニク3号の打ち上げ成功/旧ソ連
1959年09月 ルナ2号月へ到達(晴の海に衝突)/旧ソ連
1961年04月 ボストーク1号世界初の有人地球周回軌道飛行(ガガーリン)成功、飛行108分/旧ソ連
1961年05月 マーキュリー3号有人宇宙飛行(アラン・シェパード)成功、飛行15分/米
(1961年05月 ケネディ大統領の月面有人探査への議会演説)
1961年08月 ボストーク2号25時間の有人周回軌道飛行(ゲルマン・チトフ)成功/旧ソ連
1962年02月 米初のフレンドシップ7有人周回軌道飛行(ジョン・グレン)成功/米
1963年06月 ボストーク6号世界初の女性宇宙飛行士(ワレンチナ・テレシコワ)/旧ソ連
1964年10月 3人乗り宇宙船ボスフォート1号成功/旧ソ連
1965年03月 ボスフォート2号世界初の宇宙遊泳成功(アレクセイ・レオーノフ)成功/旧ソ連
1965年03月 2人乗り宇宙船ジェミニ3号成功/米
1965年06月 2人乗り宇宙船ジェミニ4号宇宙遊泳成功(エドワード・ホワイト)/米
1966年02月 無人宇宙船ルナ9号世界初の月面着陸成功(嵐の海)/旧ソ連

1968年12月 アポロ8号世界初の有人月往復飛行成功〜サターンX型ロケット/米
1969年07月 アポロ11号世界初の有人月面着陸成功〜サターンX型ロケット/米

 スプートニクショックと言われるとおり、
「世界初の人工衛星」でソビエトに先を越されたアメリカの衝撃は大きかった。
その後の動物を乗せた人工衛星実験、有人宇宙船による地球周回飛行、女性宇宙飛行士の搭乗、
宇宙遊泳、複数搭乗の大型宇宙船など、ことごとくソビエトの後塵を拝すことになり
アメリカの劣勢は誰の目にも明らかであった。
その起死回生の一手と言えるのが「世界初の有人月面探査」という目標だったのだろう。
もともとアポロ計画は、前大統領アイゼンハワー時代からの構想だったのだが、
その明確な達成期間を示すことで、米国の宇宙開発を加速させる原動力としたのである。

 

〇ライバル
  米ソのロケット開発に大きな役割を果たしたのは皮肉なことにロケット兵器だった。
第2次世界大戦でロンドン空爆に使われたドイツの弾道ミサイル、V2ロケットの技術が、
終戦後開発した技術者たちとともに米ソ両国に渡り、
その技術を応用して新たなロケットが作られることになる。
  ここで米ソ両国にはそれぞれ、ロケット開発の中心となった人物がいた。
米はフォン・ブラウン。ドイツから米国に移り住んだV2ロケット開発の中心人物である。
V2の技術をもとにジュピターCロケットを作りエクスプローラー1号の打ち上げに成功。
その後、マーシャル宇宙飛行センター所長など歴任し米の宇宙開発を牽引することになる。
ソ連はセルゲイ・コリョロフ。同様にV2ロケットの技術を受け継いだ技術者で
1950年台に大陸間弾道ミサイルを次々と開発。
そして、これをもとにしたスプートニクロケットで世界初の人工衛星を打ち上げ、
その後のガガーリンの有人飛行なども成功させ、ロシア宇宙開発の父とも称されている。
しかし、コリョロフの存在は当時のソ連では秘密のベールに隠されており、
米側の開発競争の当事者、フォン・ブラウンも知ることがなかったという。

 

〇月探査への道
  前記のとおり月への無人探査機送り込み(1959年)も旧ソ連が先行している。
これはソ連のロケットが、クラスター方式という
既存のロケットエンジンを複数束ねる形式をとっていたためで、
その分簡単にロケットの推力を高めることができたからである。
だが月への有人飛行では、新しく開発するN1ロケットには、
30機ものエンジンを束ねなければならず、そのため非常に複雑な制御が必要で
それが仇となり、結果開発は非常に難航。
また推進役だったコリョロフが1966年1月に死亡するなどもあり
ソ連の月への有人探査は結局挫折することとなった。
  一方米国では、有人月探査を目指すアポロ計画が1961年からスタート。
そのため開発されたのが現在でも最大規模の巨大かつ強力なロケット
サターンX型ロケットである。
フォンブラウンの指揮のもと開発された液体燃料使用の三段ロケットで
その大きさは高さ110m、直径10m、重量2700トンほどにもなる。
このサターンX型ロケットでは、本体部分の開発だけでなく、
IBM開発の自動制御装置や乗員の安全を守る安全装置を備えるなど、
後のロケット開発の範ともなるもので、これら技術資料は公開され、
現在でも民間ロケット開発のための貴重な資料となっているという。
  最初のサターンXが打ち上げられたのは1967年。
そして1968年、宇宙飛行士3人を乗せ、月の有人探査がスタートする。
*アポロ8号
  1968年12月21日打ち上げ、帰還12月27日。
  月までの往復飛行。月面上に浮かぶ青い地球の姿を撮影。
*アポロ11号
  1969年7月16日打ち上げ、帰還7月24日
  月面着陸7月20日、着陸地点 静かの海
  アームストロング船長、オルドリン飛行士による岩石試料採取
*アポロ15号
  1971年7月26日打ち上げ、帰還8月7日。
  月面着陸7月30日、着陸地点 雨の海ハドリー山
  月面車による探査とガリレオのピサの斜塔で行ったという逸話を
  再現すべく、ハンマーと羽根の同時落下実験も演示。
*アポロ17号
  1972年12月7日打ち上げ、帰還12月19日
  月面着陸12月11日、着陸地点 雨の海タウルス・リットロー渓谷
  アポロ最終ミッション
  月面車による探査、地質学者ハリソン・シュミットも乗員として参加。
  研究者の目で100キロ以上もの岩石サンプルを採集。

 

〇アポロの成果
  アポロ最大の成果は400s近くもの月の岩石を持ち帰ったことで、
それがもととなり月の理解が一気に進んだことにある。
それまでは隕石としてしか手にすることができなかった他の天体のかけらを
素性がはっきりとした試料として直接調べることが可能となったわけで、
そこからは40億年前の隕石大衝突の痕跡の膨大なガラス質の残骸や
月に起こった火成活動を示す斜長岩などが見つかり、
更には月と地球の岩石との類似点・相違点も明らかにされることになった。
このアポロの月試料の研究は50年が経過した現在もなお続けられており、
年間数百件もの試料の分析が行われているという。
そしてこれらアポロによりもたらされた数々の知見は、
月の成因を探る上で重要な手がかりとなり、ジャイアントインパクト説など
後の月形成論に大きな影響を与えることになる。
  またその成果は、科学面だけではなく技術面でも生かされている。
70年代のスカイラブ計画〜宇宙実験室ではサターンX本体が直接利用され、
スペースシャトル計画では、サターンXの開発で得た知見をもとに、
安全性の高い堅牢且つ軽量な機体を実現、
現在の民間によるロケット開発でも、公開されたアポロの技術資料が
その進展を後押しするなど、大きな影響を与えている。
  そして今、月は再び注目を集めている。
それが米国が進めつつある月軌道プラットフォームゲートウエイ計画で
2020年代に月を周回する宇宙ステーションを作り、
そこを足掛かりに更に火星への有人探査を行おうというものである。
2024年までには月の南極側には恒久的な月面基地を作り、
そこで水やロケットの燃料を調達できるようにするという。
この計画には宇宙開発企業、欧州、カナダ、日本など参加表明しており
官民協力しての国際プロジェクトとなっていくだろう。
 
〇おわりに
  今から半世紀以上前、人類が初めて宇宙へと飛び出した60年代、
世界の人々は上空を通過する人工衛星の光点をこぞって探し
日本でも、各地で人工衛星観測用望遠鏡を覗き、その通過時刻を
測ろうとするなど、宇宙時代の幕開けを喜ぶ熱気にあふれていた。
  アポロも、当初は国の威信をかけてというものだったかもしれないが、
最後は月を理解するというグローバルなものへと変わっていった。
  今、再び月を目指すにあたって願うのは、
月を地上のような覇権争いの場としてはならないということである。
近い将来、月に降り立ち地球を仰げば、そこに陸地と海の境界は見えても
国境は見えない。それが本来の地球の姿である。
地上で月を仰げばなおさら、そこにはどんな境界も見えない。